みどりの窓口、よもやま話

みどりの窓口と言えば? みどりの窓口

座席マークで書かれたマークで指定券を発売するコーナーと言うことで表示がなされるようになりました。
画像は、神戸駅のみどりの窓口の案内板であり、Ticketsの他にハングル並びに、簡体字(中国語)で書かれています。個人的には、Ticketsだけで事足りると思うのですが・・・実際、中国に行った際北京空港でも「行李」「Baggage」程度の表示しかなくて、日本のように4か国語でと言うのは珍しいというか、そこまで必要あるのかといつも思ってしまいます。


さて、余談はさておき、みどりの窓口」では、列車の指定券を中心に窓口で対面販売される切符売り場であり、ICOCA、SUICA等のICカードが普及した現在ですが新幹線の切符などでよく並んでいるのを見かけます。

さて、みどりの窓口が誕生したのはいつでしょうか?


何時できたの?

制定されたのは、1965年9月24日で1965年10月1日のダイヤ改正に合わせて開設され、東京駅・大阪駅等日本全国の主要152駅(後述)と日本交通公社(現・JTB)の83か所の営業所にオンライン端末(マルス)が設置され、マルスが設置されたコーナーが「みどりの窓口」と呼ばれたそうです。

これは、切符の色の由来したと言われていますが、この時点では、みどりの窓口のシンボルマークは制定されていませんでした。

みどりの窓口の現在も使われるマークが制定されたのは、昭和42年で10月の改正までのシンボルマークをみどりの窓口に表示するようにしたと書かれています。

これによりますと、マークは制定したものの、その扱い方は各管理局に任せられていたようで、下記のように「指定券」と言う文字と併用したり、シンプルにマークだけの場合などもあったようです。

国鉄線

国鉄線 昭和42年9月号の記事から引用


222.jpg

撮影した画像から加工して、当時の国鉄「みどりの窓口」ロゴのイメージを再現してみました。


みどりの窓口は登録商標?

みどりの窓口は、JR東日本の登録商標だそうで、登録商標(日本第3116438号)になっているそうですが、何故そうなったのでしょうか?
おそらく、JR発足時には持ち株会社が認められておらず各社は個別の地域会社として誕生した際に国鉄の関連会社なども個々に遺産分けよろしく分割されました。
現在の東京メトロも元々は国鉄と東京都が保有していましたが、こうした収益性のあるものは旧国鉄(清算事業団)に残される反面、日本旅行がJR西日本の子会社となるなどの動きもありました。
JTBも当初はJR東日本の子会社と言う案もあったようですが、これを機会に独自性を獲得したいJTBの思惑もあって、独自の道を歩むことになるのですが、これはまた別の機会にお話しましょう。

そんな中で共通利用される部分の多くは、旧国鉄本社を引継いだ東日本旅客鉄道株式会社が筆頭会者と見做されたからだと思われます。
実際、国鉄時代に解説していた外国の在外事務所(ニューヨーク、パリ)等も引きついだように記憶しています。
その中で、「みどりの窓口」の商標も代表幹事会社としてその商標権を主張したのではないかと思われます。


みどりの窓口が無いJR東海

JR東海は、自動販売機で指定券を発売できることなどを理由に「みどりの窓口」と言う表現を止めて「きっぷうりば」としていますが、JR東日本に対する反発と考えるのは考えすぎでしょうか?


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交通公社の古い広告から

昭和二七年の国鉄線と言う時刻表の裏側の広告に、交通公社(現JTB)に案内係が登場したと大々的に広告が載っています。

ラナー・・・ランナーではなく、直訳すれば使い走り、伝令と言う意味だそうですが、現在の窓口に見られる案内係とは異なり、営業担当に相当するようで、当時の記事を見ますと、ラナーの仕事は「送迎、伝言、誘導案内、交渉、その他」ということで旅行の添乗員に営業担当の仕事が付加されたような内容だったのでしょうか。
昭和27年当時は国鉄自らが営業を行うと言ったことは考えにくく、交通公社によるこうした制度は国鉄と言う公共企業体(実質的には戦前の鉄道省と同じ感覚でしたが、収支のバランスを図り営業を行うことも多少は意識していましたので、こうした係員の存在は国鉄にとってもメリットがあったと言われています。
ラナー
昭和27年国鉄線 昭和27年1月号裏表紙から引用
出典 公益財団法人 交通協力会 電子図書館

今から考えるとなんとも時代錯誤的な制服なんですけど・・・。
まぁ、当時の感覚では最良だったのかもしれません。

車掌長制度の新設について

久々に更新させていただきます。

本日は、車掌長のお話です。
昔の鉄道雑誌等を読んでいますと、車掌長以下専務車掌・何名と荷物専務車掌が乗り組み…と言った記述をよく見かけたので、車掌長と言う制度は昔からあったと思い込んでいましたが、実は昭和48年の6月1日からこの制度が始まったそうです。

これは正直意外だったのですが、国鉄線の昭和48年9月号の記事を参照しますと。

車掌長の新設の理由について下記のように書かれています。

少し長いですが引用させていただきます。

目的

飛行機には機長がおり、船には船長があるように、列車には列車長をつくるべきであるとの主張がなされて、既に久しく、今回、全国の優等列車を対象に「車掌長」を新設することとした。
」れは近年、輸送需要の変化に伴い特急を主体とした優等列車の増発が著しく、これには通常二~三名の専務車掌が乗務しているが、これら複数の列車乗務員はいずれも同じ専務車掌であり、特に異常時等における責任体制は必ずしも明確ではなかった。
従って、今回この責任体制を確立すると同時に、対外的には、列車の最高責任者としての位置付けを明確にすることとした。

車掌長は急行以上の列車に原則的に乗務すると定められており。古参の専務車掌、専務車掌(A)と呼ばれていたグループは全員車掌長に移行し、専務車掌(B)の一部が車掌長に昇格したそうです。
また一般車掌のうち約1割がこの改正で専務車掌に変更されることとなり、優等列車の車掌は全員専務車掌以上になったそうです。
専務車掌変更

なお、車掌長の職務は従来どおり旅客の接客業務に従事しつつ、専務車掌間の業務調整や業務指導などを行うということで、プレイングマネージャー的な位置づけ出会ったと言えそうです。
専務車掌偽
専務車掌偽
プロフィール

加藤好啓

Author:加藤好啓
元々、FPのサイトとして開設していましたが、保険代理店廃業に伴いblogを変更させていただきました。
鉄道ニュースに関する私なりに解釈などを食わせさせていただきますのでよろしくお願いします。

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