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寝台特急の誕生と新型寝台車の計画

電車寝台の誕生で陳腐化した20系客車

世界初の電車寝台は、昭和42年10月のダイヤ改正で、「特急月光」で運行を開始しましたが、この電車は昼夜兼行の車両という特殊性から、一等B寝台(等級制廃止後はA寝台開放室)のベッドを3段化したもので、下段は1m以上、中・下段も天井が低い蚕棚のようなイメージは有るものの70cmの寝台幅は魅力的でした。
当時の二等寝台(等級制廃止後はB寝台)は52cmしかなくて、利用者からは強い不満が出ていたのでした。

3.png

国鉄線(s49)から引用


昭和45年まで増備が続けられた20系客車

20系客車は昭和45年まで製造が続けられました。
昭和45年製造の「あけぼの」用から、電源車の電源が自動運転できるようになりました
この自動運転はすでに製造された電源車にあっても改造で設置されることとなり、無人運転が実現したのですが、手当だけが既得権益として残ってしまって、それが、後年、新聞を賑わしたブルトレヤミ手当問題なのです。
こうして、20系がここまで増備され続けたのは、運用の兼ね合いもあったかもしれませんが、それ以上に輸送力を確保したかったといるのではないでしょうか。
B寝台車で定員が54人ですから。10両で540人を運べるわけですから。
これが40人程度の人数になると同じ10両編成でも140人も少なくなってきますよね。

12系をベースに誕生した、新型寝台

新幹線が岡山まで延伸開業し、又国民所得の向上、日本人の体格向上などでさすがに52cmの寝台車は、狭いと言う声が大きくなってきました。(前記図2)
そこで、国鉄では12系客車をベースにした寝台車を試作することになりました。
これが、14系寝台車でした。
寝台車の幅は、電車寝台、上中段と同じ70cm幅となり、車体長さは1両あたり1.3m伸びましたが、定員は48人と6人減ることになりました。
最大のサービスアップは寝台幅ですが、省力化も考慮され、B寝台の、中段寝台並びにA寝台の上段寝台を自動昇降装置付としました。
万年天井が座席の上に残る形となりましたが、寝台幅が広くなったことは利用者には好評をもって受け入れられました。
なお試作車として製造された車両は、急行瀬戸で試用されることとなりました。

急行瀬戸で試用される新型寝台

試作された14系寝台車は4両ずつ急行瀬戸2号(東京基準)急行瀬戸1号(宇野基準)に組み込まれることになりました。
当時の急行瀬戸は2往復(1往復は、旧列車名、さぬき)走っていました。
当時、試用された瀬戸の編成は下記の通りです。
キャプチャ
結局、興表裏を持って迎えられた急行瀬戸ですが、昭和47年のダイヤ改正では、晴れて特急に格上げされるとともに20系客車となり、再び52cmの狭い寝台に逆戻りしてしまいました。


まとめ

日本人の体格向上などもあって、戦前から狭いと言われてきた52cm幅の寝台はいよいよ不評となり、飛行機や高速道路など選択肢がない状態でしたので、安易に定員を減らすことは出来なかったであろうと思われます。
実際、新幹線が博多まで開業してからでも、特急あさかぜ等は連日90%という乗車率を誇る列車が多数走っていたわけで、寝台列車を走らせるだけの需要があったわけです。
また、定員も1両54人の車両にほ50人程度が乗車していたわけですので。如何に効率が良い列車で会ったかと言うことになります。
昭和46年当時の寝台料金は、A寝台個室5400円、A寝台解放室 3800円~4200円(上段・下段)B寝台 1100円~1200円(下段のみ1200円)ちなみに電車寝台は1300円~1600円(下段のみ1600円)
座席車は指定席が300円、グリーン車が 宇野まで乗車するとして2600円ですので、B寝台車が国鉄にとっては美味しいか判っていただけるのではないでしょうか。
54人定員で90%の乗車率とすると、54*0.9=48.6四捨五入して49人
49人で計算しやすいように上・中段の寝台料金として計算すると、49*1100=53900円
ちなみに、A寝台ですと定員が28人、乗車率を同じく90%として
28*0.9=25.2四捨五入して25人
25*2600=65000円
グリーン車は定員が48人ですので、同じく90%の乗車率として
48*0.9=43.2 四捨五入して43人
43人全員が東京~宇野まで乗り通すとして、43*2600 111800円ですが
2等車の場合寝台車をとれなかった場合もありますので、全員が東京~宇野まで乗るとは考えにくいのでもう少し金額は減るかもしれません。
最後に、普通車の場合ですが、同様に東京~宇野まで乗車するとして、指定席料金は300円ですので
80*300=24000しかなりません。
このように考えると施設利用料としての寝台料金は国鉄経営的には収益性の高い列車であったと言えそうです。
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プロフィール

加藤好啓(blackcat)

Author:加藤好啓(blackcat)
みなさま、こんにちは。日本国有鉄道研究家、鉄道ジャーナリスト加藤好啓です。
地方鉄道を活性化することで、地方を再生できないかと言うことで研究とともに提言活動などもさせてもらっております。
将来は地方政治家としての転身を目指しています。

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